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類は友を呼ぶってのが正しいなら友達いない人は相当なオリジナリティを持ってることになるな

Twitter / Fshiana (via gearmann)


まさしく

(via sumireblog)

カトリック系某学園出身が通りますよ。
高校の時の修学旅行先が京都だったんだけどその時比叡山、延暦寺へ行った。
私も含め、生徒のほとんどはカトリックでもなんでもないんで
別に違和感なく、お坊さんのありがたいお話とかふんふん言いながら聞いてたんだけど
そこでみんなはっ!と気づいた。
「あれ?シスター、いいんですか??」ってそんなの聞くに聞けずw
そのうち座禅が始まって、みんなお坊さんに背中を長い棒みたいな物でパシッってしてもらうんだけど、シスターもふっつーーにパシッってされてんのw
もちろんシスターは所謂シスターな黒い服装だったから、そのギャップな違和感が面白かった。
「うわ、宗教戦争ktkr!」ってみんな影で笑ってたんだけど、結局みんなで出た結論は、
「達観した宗教者ってのは、宗教観の壁なんて気にしない、尊重しあうものなんだな」と言う事。
結局、誰もシスターに「なんで?いいんですか?」ってのは聞けずじまい。

その後そのシスターは校長先生になられました。

都営地下鉄の券売機でチケットを買い間違った時は、券の出口にそれを差し込むと、自動で払い戻しができる、ということを初めて知りました。
何年か前に小学4年生が社会の授業で工場見学に来た時に、「嘘をつくと嘘をついた事を覚えておかないといけないので、そんな面倒な事をせずに正直に作っているんですよ。」と言ったら全員うなづいてたなあ。
1.報告書や交際費などの雑務的な報告書の提出が遅れる常習犯である。
2.計画を立てても、締め切りに間に合わせて仕事をやり遂げられない。
3.騒音が気になる。壁のないフロアで仕事ができない。部屋のように壁で区切られた空間が必要である。
4.仕事の全体像をとらえるのは得意だが、細かなことになると失敗する。
5.何度も同じことを繰り返す作業ができない。苦痛である。

これらの5つのことは、ADHDでない人にも当てはまりますが、これら5つ「すべてに」該当する場合、ADHD傾向がかなり強いと思われます。

社会適応がうまくできているADHDの人は持ち前のエネルギーでバリバリ仕事をこなしていくために、上のような苦痛を持っていても、なんとか仕事をこなしていくことができます。その意味では、ADHDの人がやれない職種はないとも言えます。それだけ能力をもった障害であるわけです。不注意、衝動性、多動性、散漫性がいつも生活に現われるわけではありませんし、その障害を補うだけの社会性と性格的長所を、大人のADHDの人は備えていて、社会適応ができるのです。

社会適応の例としては、報告書を書くための時間を一週間のうち半日、どこかの曜日に取っておく、騒音が少ない朝方の出勤形態に変える、同じような仕事でもどこかに違う要素を含めてメリハリを自分で工夫する、など、自分の弱点をコントロールすることは、やり方次第で可能なのです。

47:名無しさん@12周年:2012/03/06(火) 11:31:02.77 ID:BnqC1JO40
子供を重荷と感じて、自分たちの自由と快楽をいつまでも追はうとするのは、
末期資本主義的享楽主義に毒された哀れな奴隷的感情だ。

三島由紀夫「三島由紀夫のレター教室」より

picapixels:

なにこれ可愛い。マリオやGeekなデザインのベビー服
内容は「ドラッカーを誤読しまくったあげく上あまつさえその誤読を本にしたあげく売りまくった」ことを除いてきれいさっぱり忘れてしまったのだけど、おかげで我が身の忘却力を再確認できたし、私が選考委員であればイグノーベル文学賞はこれ以外推奨しようがない。いや、イグノーベル平和賞か。どれだけ原典を食い物にして慰み者にしようがおとがめなしなんて、これ以上の平和はありえない。